本記事では中国のオフショア開発の単価とリスクを比較することで、開発拠点の選定に役立つ情報を提供します。主に日本企業の中国オフショア開発の歴史を振り返りながら、2023年現在の中国のオフショア開発の現状を解説します。また中国人SEの高い技術力とその背景に触れつつ、昨今の脱・中国の動きとその要因や中国が抱える政情不安についても触れていきます。日本企業による中国オフショア開発の歴史中国オフショア開発が始まったきっかけから現在までの歩み日本企業による中国オフショア開発の歴史は1980年代に始まりました。当時、日本企業は中国に進出した際に現地のIT企業にシステム開発を委託するケースが増え、1990年代以降、中国のIT産業が急速に発展したことにより、日本企業による中国オフショア開発はさらに拡大しました。その背景として、日本企業には、中国の低コストで高品質なエンジニアリングサービスを利用することで、コスト削減や開発スピードの向上という狙いがありまた。2000年代以降、日本の中国オフショア開発は単なるコスト削減のための手段から、新たなイノベーションを生み出すための手段へと変化しました。日本企業は中国のエンジニアと協業することで新しい製品やサービスを開発し、グローバル市場への展開を図りました。2017年には機械リーディング能力において中国企業が世界コンテストであるSQuAD(Stanford Question Answering Dataset)チャレンジカップで優勝しました。また上海に拠点をおくYITU Technologyは約20億人の中から1人を3秒で見分ける顔認証技術を開発しており、その処理速度や精度は年々上がっています。2023年現在、中国のIT技術は世界でもトップクラスとなっており、中国でのオフショア開発の目的はコスト削減から高い技術を享受することへとシフトしつつあります。参考:”機械リーディング能力、中国企業が世界コンテストで優勝”.中国の科学技術の今を伝える SciencePortal China.2017年8月3日.https://spc.jst.go.jp/news/170801/topic306.html,(2023年10月5日)参考:清水計宏."世界最先端を走る中国のAI企業顔認識のYITUと音声認識のiFLYTEK".ヒューマン・インタラクション基盤技術コンソーシアム.2022年11月2日.https://hi-conso.org/column/international-trends/AI-china2.html,(2023年10月5日)2023年版:中国と日本のオフショア開発の単価を比較沿岸部では日本を上回る中国人SEの賃金相場日経XTECHによると、2021年における日本人SEの賃金相場は経験3年以内の初級SEが472万円、3~5年の中級SEが563万円、5~10年の上級SEが742万円と述べられています。これに対して同時期の中国の上海での賃金相場は318万~687万円、北京では318万~636万円と、日本の7割弱~9割強の水準であった。しかし前年から円安が進行した2022年には上級SEの場合北京で779万円、上海で842万円と日本を上回る結果となった。としており、このまま円安が進行すると中国と日本のSEの賃金逆転現象が定着する可能性があります。尚、円安傾向は2015年から2023年現在まで続いており、2015年の1元=15.7円から2023年には1元=20.5円と8年間で約30%も円安となっています。その要因としては2015年の米国の利上げ開始と2016年の英国のEU離脱決定による世界経済の先行き不透明さ、2022年のウクライナ情勢の悪化も挙げられます。また2023年には日本銀行の金融緩和、米国の金融引き締め、ウクライナ情勢の悪化や、中国のゼロコロナ政策などの地政学的リスクの高まりもあり、円安傾向は加速しているのです。引用元:玄 忠雄."円安でSE賃金が「日中逆転」、オフショア開発の価格に転嫁へ".日経XTECH .2022年7月20日.https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02096/063000009/,(2023年9月30日)中国と各国のオフショア開発の相場アジア各国と比較した場合の中国の単価中国と、ベトナムなどのアジア各国の単価を比較するとインドが最も単価が高くなっています。これはインドのオフショア開発の歴史の長さによる実績の多さと高い技術力と英語力による単価高騰のためです。一方の中国はプログラマーとシニアエンジニアがインドに次ぐ高単価となっています。これは中国人SEの技術力の高さと経済成長による単価高騰によるものであり、北京や上海などの沿岸部に行くほど単価は高くなる傾向があります。人月単価(万円)プログラマーシニアエンジニアブリッジSEPM中国50.5161.7979.2992.14ベトナム40.2249.1357.7379.38フィリピン35.8353.3381.2570.83ミャンマー27.4754.1668.3397.50バングラデシュ44.1346.1390.9658.63インド50.8368.7594.29111.43参照:オフショア開発.com オフショア開発白書「2023年版」中国オフショア開発の単価高騰による開発拠点の移動中国での単価高騰によるベトナムへの開発拠点移動とその理由中国オフショア開発単価の高騰に伴い、近年では日本企業の開発拠点の移動先は、ベトナムやインドネシア、タイなどの東南アジア諸国に移行しつつあります。東南アジア諸国も経済成長により人件費が上昇していますが、中国と比較すると依然として安い水準です。その中でもベトナムはオフショア開発先として最も人気があります。ベトナムは中国と比較して人件費が安く、国策としてIT産業の後押しを行っているため技術力も急速に上がっています。また、日本語を話すエンジニアも多く、コミュニケーションの円滑化が期待できます。ベトナムのオフショア開発事情については「ベトナムのオフショア開発 単価とリスクについて徹底解説!2023年最新情報」にて詳細に解説しているのでそちらも併せてご参照ください。今後も中国オフショア開発単価の高騰は続くと予想されます。そのため日本企業の開発拠点の移動先は、さらに東南アジア諸国に移行していくと考えられます。脱・中国オフショア開発の動きオフショア開発はこのところ脱・中国の動きを見せています。この原因は前述の単価相場の高騰だけではありません。ここでは単価以外の脱・中国の要因について詳しく解説していきます。経済安全保障推進法経済安全保障推進法は2022年5月に成立した法律で、その中で重要技術の海外移転の際の事前審査を求めています。オフショア開発の対象となる情報通信などの社会基盤関連設備もその対象で、このため日本の一部の大企業はオフショア開発先を他国に分散させる動きや、有事の際に切り替え可能な開発体制構築などを行っています。ゼロコロナ政策中国では、2022年春に上海で大規模な都市封鎖が行われました。このため中国オフショア開発を行っている企業は開発スケジュールの遅延を余儀なくされました。また2023年にも中国各地で都市封鎖やロックダウンが行われており、開発スケジュールの遅延は今後も続く可能性があります。さらにゼロコロナ政策下では中国と海外の間の往来も制限されています。このため、中国オフショア開発を行っている企業は顧客や開発チームとのコミュニケーションが難しくなりました。このような制限の結果、中国のIT人材の流出が起こりました。地政学的リスク中国は米国と対立する姿勢を強めています。このため米国や欧米の企業は、中国への依存を減らす動きを強めています。オフショア開発もその一環として、中国以外の国や地域に拠点を移す企業が増えているのです。具体的には2022年には米国のIT大手IBMが、中国からのオフショア開発を大幅に縮小すると発表しました。また欧州のIT企業も中国以外の国や地域へのオフショア開発を拡大しています。中国人SEの技術力の高さとその背景国家戦略によるIT人材育成大学教育の強化中国政府はIT人材の育成において大学教育を重視しています。そのため国家重点大学を中心にIT関連の学科・専攻の拡充や、優秀な学生の受け入れ拡大、海外留学支援の強化などが行われています。オンライン教育の推進中国政府はオンライン教育の推進により、IT人材の育成をより多くの人に提供しようとしています。それに伴いオンライン教育のプラットフォームの整備や、優秀な講師の育成なども並行して行われています。人材育成の国際化中国政府は世界に通用するIT人材を育成するために海外の大学との交流や、海外留学支援の拡大などが行われています。産学連携の強化中国政府は大学と企業の連携を強化することで、IT人材の育成を効率的に進めようとしています。そのため、大学内に企業の研究所や研究センターを設置するなどの取り組みが進められているほか、企業と大学の共同研究やインターンシップなどの機会を拡大することで学生の実践的なスキルを向上させることを目指しています。これらの取り組みにより、中国のIT人材育成は、近年急速に進展しています。巨大企業による投資中国にはメガテック企業、通称BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)と呼ばれる4大企業が存在します。これら企業が優秀なSEを積極的に採用していることに加えて莫大な資金力を背景にR&Dにも力を入れているため、中国のITに関する技術力は今や世界でトップクラスとなっています。2020年代の中国の政情不安経済の減速や格差の拡大による社会不安中国経済は2022年に6.1%成長と、2021年の8.1%成長から大きく減速しました。これはゼロコロナ政策による経済活動の制限や、ウクライナ情勢による世界経済の減速などが原因です。また鈍化傾向にあるとはいえ、経済成長が進む中国では格差も拡大しています。都市部と農村部の格差、富裕層と貧困層の格差など、さまざまな格差が社会問題となっています。こうした経済の減速や格差の拡大は中国の社会不安を生み出しています。政治的な締め付けによる反発中国政府は習近平政権下で政治的な締め付けを強化しています。民主派の弾圧や、言論の自由の制限などが行われています。政治的な締め付けは、国民の不満を増大させ、政情不安を高める可能性があります。具体的な政情不安の例としては2022年の上海でのデモや新疆ウイグル自治区での暴動、2023年の香港でのデモが挙げられます。中国の政情不安は今後も高まっていく可能性があり、中国の経済や社会に大きな影響を与える可能性があります。まとめ以上、中国オフショア開発の解説でした。中国はかつては単価の安さからオフショア開発先として最も選ばれていましたが、近年は経済発展と技術力の飛躍的な向上によって単価が日本のSEと同等かそれ以上まで高騰しただけでなく地政学的リスクやゼロコロナ政策、更には政情不安の高まりも相まって脱・中国オフショア開発の動きが加速しています。しかしながら中国のIT技術レベルは依然として世界トップクラスであるため、高い技術のSEが必要な場合は様々なリスクを天秤にかけながら検討してみるのも良いかもしれません。